皆さまは甘利善一氏をご存知でしょうか?
年季の入ったモデラーの方なら、Nゲージマガジン(鉄道模型趣味増刊)No.25 1996年夏号に「長野電鉄の新旧電車編成」と称した、車両群の作品を掲載されたり、鉄道模型趣味 No.651 1999年2月号では、「地下のあるNレイアウト 長野電鉄東林房線」を掲載され、同誌の表紙を飾っています。この他にも長野電鉄(以下、長電)や上田電鉄を題材とした作品を多々掲載されているほか、2008年に放送されたNHKの番組・趣味悠々の「鉄道模型でつくる思い出の風景」にて、額縁ジオラマが紹介されました。
このたび、そんな氏が手掛けた作品のうち、Nゲージマガジンに掲載された長電の車両のうち、一番最初に作られた2000系A編成ほか2編成がヤフオクに出品されているのを確認し、急遽保護することにしました。それがこちらです。
左から2000系A編成、2500系C3編成、3500系N5編成です。車両裏面に書かれた製作時期や、雑誌に掲載の写真と細部の特徴の一致などから、氏の作品であると確認できました。
しかしなぜヤフオクに出品されてしまったか……出品者の方に確認したところ、兵庫県某所にて開催された片付け業者主催のオークションにて、レールと一緒に出品されていたとのことで、このことから色々な事由が考えられます…。
とにかく届いたからには、こちらで死蔵せず帰省できるまで大事に保管し、帰省と同時に然るべき場所での保存・展示を依頼しようと思案しており、現在は依頼先と交渉を進めている段階です。したがって、これらの作品を私で独り占めすることはせず、皆さまがご覧いただける形で保存していただけるよう、手配を進めておりますので、ご安心いただけますと幸いです。
さて、せっかくなので、この場をお借りして氏の作品を紹介させていただきたいと思います。
実は到着後に開封したところ、細かいパーツが外れていたり、インレタが剥がれていたりしたことが認められたため、細部の修正を行なっておりました。
その過程で記録として撮影した写真から、氏が苦労された点なども紹介させていただくとともに、まだ鉄コレやan-railなどが存在しなかった時代の「長電」を偲ぶきっかけになれば幸いです。
まずは一番最初に製作された、2000系A編成です。
スカートが付いていたり、屋根のモニターがなかったりとD編成の特徴と混同している点がありますが、この車両を作られたのがきっかけで、「地下のあるレイアウト 長野電鉄東林房線」が生まれました。
まさに記念すべき作品です。
ベースはGreenMaxのエコノミーキットより、307 名鉄5500系です。
このキットには長電2000系や富山地鉄20系/14760系の前面が付属しており、いわゆる「日車ロマンスカー」の一部を作製することができます。しかし長電2000系の前面パーツは側面との断面が異なるため、製作するのが大変難しいと言われています。氏もその点に苦戦されたらしく、前面と側面の継ぎ目に苦労の跡を見ることができました。
また名鉄5500系は2連であるため、キット内容も先頭車2両のみであることから、中間車を作るには必然的に切継工作が必要です。そのため屋根や側板に切継の跡がいくつか認められ、ここにも氏の苦労が偲ばれます。
雑誌に掲載された写真からはわからない、キット製作の大変さを感じることができました。
台車はNA-4形はおろか、当時はFS-510形もなかった*1ため、NA-4形に似たDT24形で代用されています。製品にないものは似たものを選ぶという、鉄道模型工作の醍醐味を改めて感じます。
なお氏はこのA編成の他、C編成と非冷房時代のD編成を製作されており、この2本では車体裾の処理を実物同様に仕上げられています。
せっかくなので、手持ちの鉄コレから同じ2000系A編成を並べてみました。
鉄コレは近年の製品であることから、実物と同じ台車に実物に準拠したパーツ類を充てられたり、TNカプラーを取り付けることで連結面をリアルな間隔にできたりするほか、造形もいくらかシャープになっています。
しかし実物がもつ「どっしりとした感じ」や、手作りの暖かみは、やはり氏の作品には敵いません。沿線で見てきた目が反映された力作だからでしょうか。
続いて2500系C3編成です。
現車は廃車時まで前面に赤が回らない塗装だったのですが、C1編成やC10編成と同様の塗装で仕上げられています。また少なくとも*2氏は、この他に編成は不明ですが2500系2本*3と2600系1本を製作されており、2000系同様に思い入れの車両であることが伺えます。
ベースはGreenMaxのエコノミーキットより、309 東急旧5000系です。
長電2500系は外観上の特徴として、独特の前面や屋根上のベンチレータ、特徴的な塗装を抑えれば簡単に作れるため、2000系のような複雑な工作の必要はありません。
ただしこの塗装を仕上げるのはとても大変で、私もan-railを塗り直す際はマスキングに四苦八苦してしまいました*4。それを問題なく綺麗に仕上げているため、完成品と遜色ない仕上がりです。
台車もTS-301形をそのまま使っていますが、現車のグレーに対して製品そのままの黒です。2000系では丁寧にグレーへと塗り直していたため不思議なところではありますが、鉄粉の汚れに塗れて使い込まれた感じを表したかったのでしょうか。
こちらも手持ちのan-railから、同じ2500系C3編成を並べてみました。
こうして完成品と並べても遜色ない仕上がりなのがお分かりいただけるかと思います。
最後に3500系N5編成です。
やはり氏も一番最初に登場したN5編成を製作された辺りが「わかってるな」と思いました*5。
CM2車側の前面はカプラーが引っ込んでおりますが、これは後述の通り、軸距が短い床板が充てられているからです。雑誌掲載時にはちゃんと前に出ているので、どこかしらのタイミングで床板を交換されているのでしょうか?記事を読むとCM2車は一度作り直されているとのことで、それと同時に床板を交換されたのかもしれません。
ベースはGreenMaxのエコノミーキットより、424 東急7000系です。
このキットには7200系のほか、営団3000系と静鉄1000系の前面が含まれているほか、阪急キット付属の大阪メトロ*660系の前面を使うことで、同じような側面の車両が作れるというものです。ただし営団3000系を作る場合は側面の嵩上げが必要で、氏も屋根と側板上部との間を3mm嵩上げして製作されています。側面をよく見るとその跡があり、ここにも製作に苦労された様子が見られます。
台車はFS-510形に似たものということで、PⅢ-701形が充てられており、当時の限られた中で再現する試みを感じ取れます。
こちらも手持ちの鉄コレから同じ3500系N5編成を並べてみました。
鉄コレは現代の製品であると同時に、現代は市井に様々なパーツが流通しているため、現車と全く同じものを取り付けられるようになりました。そのため拙作にはKATOのassyパーツや銀河モデルなどのインレタを盛り込んでいますが、氏が作られた当時はそのような製品が十分でなかった時代です。そんな中で限られたものを使って実物同様に見せるために努力をしているのが感じられます。
氏の作品には現代の作品にはない暖かみを感じるのも、きっとそこからでしょうか。
最後に氏の作品と手元の鉄コレやan-railを、記念に並べてみました。
約30年の時代の変化を感じるとともに、「なければ作る」時代の熱意や努力を感じ取れました。
来年5月には鉄コレから長電3000系の発売が予告されており、欲しい車両が次々に出てくる現代の模型事情も嬉しいですが、過ぎ去った遠い時代に思いを馳せるのも素敵だと思います。
これらの模型について、展示先などが決まり次第、ブログにてお知らせしたいと思います。それまで今しばらくお待ちくださいませ…。