走ルンですノート

でんしゃ/バスをメインに適当に

公開当初の01系クハ01-129

画像フォルダを整理していたら、地下鉄博物館にて公開されて間もない頃の01系クハ01-129号車の前頭部を撮影したものが出てきたので、この機にお目にかけたいと思います。

 

f:id:mc127_100:20220126185250j:image

 

この日は開館30周年記念として入館者に非売品の東京地下鐵道1000系を模したピンバッジを配布していました。


f:id:mc127_100:20220126185245j:image

 

そしてこちらがクハ01-129号車の前頭部です。

詳細は以前の記事をご覧いただくとして、この当時はコロナなど全く関係ないようなときなので、運転台の機器類の見学を自由に行えました。


f:id:mc127_100:20220126185242j:image

 

中吊り広告の枠を用いて、保存処理に至るまでの過程が紹介されていました。


f:id:mc127_100:20220126185248j:image

 

運転台はこんな感じです。

熊本電気鉄道への譲渡車はワンマン機器が設置されているので、このようなすっきりした感じがいいですね。


f:id:mc127_100:20220126185239j:image
f:id:mc127_100:20220126185236j:image

 

説明板はこんな感じでした。


f:id:mc127_100:20220126185253j:image

 

これで前照灯が点灯していたらもっといいんですけどね…。

近々所有しているKATOのNゲージ鉄道模型における地下鉄01系も紹介したいと思います。

藤沢新駅高架乗り入れ記念乗車券

今回の切符これくしょんは「藤沢新駅高架乗り入れ記念乗車券」を紹介いたします。

江ノ電こと江ノ島電鉄藤沢駅は長らく2面2線の地上駅だったのが、再開発に合わせて1974年に高架の2面1線の駅へと改築されると共に、駅ビルの供用も始まりました。

 

f:id:mc127_100:20220110162709j:plain

f:id:mc127_100:20220110162716j:plain

 

入れ物は白地に青色印刷のシンプルなもので、深夜の併用軌道で某自転車兄貴が並走したことで有名な300形305Fの若かりし頃の姿を描いたイラストがいい味を出しています。

イラストは開業した高架線を走るものと、駅ビルをバックにバスと並んでいるものがあります。

なお当時の社名は江ノ島電鉄ではなく、江ノ島鎌倉観光というもので、略称もEER*1ではなくEKS*2というものでした。

 

f:id:mc127_100:20220110162729j:plain

 

乗車券は5枚組で、タンコロこと100形の在籍車一覧や、移設前の鵠沼海岸付近の橋梁を走る305F、高架線を走る300形305Fと旧500形501F、そして駅ビルをバックにした300形306Fと日産ディーゼル4R型路線バスの写真が使われています。

紹介されているタンコロのうち、105号車は藤沢駅高架化に伴う600形*3の出力増強のために主電動機を供出されてしまったことで、一足先に休車→廃車となっています。ウィキペ先生によれば105号はこの乗車券が発券される1年前の1973年には休車となっていたようで、この写真はその前に撮られたものと思います。廃車体は長らく極楽寺車庫の片隅で、同様の理由*4で休車となった110号と共に置かれていたようです。

新たに生まれ変わった藤沢駅を基に、新しい時代へ進もうとする当時の江ノ電の雰囲気が感じられる記念乗車券ですね。

今回は以上です。

*1:Enoshima Electric Rwy

*2:Enoshima Kamakura Sighitseeing

*3:元東急80形

*4:600形への主電動機の供出

アルピコ交通へ移籍した山陽バス

アルピコ交通の移籍してきた一般路線車といえば、現在は首都圏からのものが多いですが、少し前までは関西圏からのものが多く在籍し、その中でも山陽電鉄の子会社である山陽バスからの車両は、舞子線・名谷線所属のものの高出力な点が買われ、戸隠や美ヶ原などへの山岳路線の主力車として25年以上に渡ってアルピコを支えてきました。

これらは以前紹介した都営バスからの車両同様、多くの車両が移籍しているため、これまでにやってきたものをまとめてみました。

 

f:id:mc127_100:20220117191106p:plain

移籍した車両の一例:いすゞキュービック(U-LV218L)

 

イラストは野川様のバスぬりえ(http://tabi.atz.jp/busnuri/index.html)の素材を使用させていただきました。この場をお借りしてお礼申し上げます。

 

※この記事の内容に関しまして、アルピコ交通株式会社や山陽バス株式会社などの現業機関へ問い合わせることを禁じます。※

 

掲載順は「バスジャパン・バンドブックシリーズ」に準じ、上から順に古い年式とします。

凡例…アルピコ社番/登録番号/年式/所属(松→松本,長→長野)/山陽社番(調査中)

 

P-LR312J(IKC:JOURNY)

40061/長200か61/86/長/4607

 

K-CQA500(IKC:SERIES-C)

42119/長22あ2119/82/長/2224or2225

42220/長22あ2220/83/長/*3**

42221/長22あ2221/83/長/*3**

42176/長22あ2176/83/長/*3***1

42176/長22あ2176/83/長/*3**

42183/長22あ2183/83/長/*3***2

42186/長22あ2186/83/長/*3**

42187/長22あ2187/83/長/*3**

42188/長22あ2188/83/長/1332

42223/長22あ2223/84/長/2439

42224/長22あ2224/84/長/2440(推定)

 

P-LV218L(IKC:CUBIC)

10511/松22あ1964/85/松/2548

10512/松22あ1965/85/松/2549(推定)

10513/松22あ1967/85/松/2550

10515/松22あ1969/85/松/1537

42229/長22あ2229/85/長/*5**

42230/長22あ2230/85/長/*5**

42260/長22あ2260/85/長/*5**

42264/長22あ2264/85/長/*5**

10640/松22あ1968/86/松/1638

10641/松22あ1970/86/松/1639

40038/長200か38/86/長/1640(推定)

40039/長200か39/86/長/1641(推定)

40062/長200か62/86/長/1642

40109/長200か109/87/長/1746

40110/長200か110/87/長/1747

40112/長200か112/87/長/1748

40113/長200か113/87/長/1749

40262/長200か262/88/長/1850~1853or2853~2856のいずれか

40263/長200か263/89/長/1954

40400/長200か400/90/長/2058

40401/長200か401/90/長/1062

 

U-LV218L(IKC:CUBIC)

10130/松200か468/91/松/1166

10131/松200か469/91/松/1167*3

10132/松200か470/91/松/1168

10133/松200か471/91/松/1169*4

40483/長200か483/91/長/2159

40484/長200か484/92/長/1270

40514/長200か514/92/長/2271*5

40531/長200か531/92/長/2217

10330/松200か570/93/松/1372

10331/松200か571/93/松/1373*6

10332/松200か572/93/松/1374

40661/長200か661/93/長/2373*7

40662/長200か662/93/長/1371

40769/長200か769/94/長/1476

40872/長200か872/94/長/2485

40873/長200か873/94/長/2486

40929/長200か929/94/長/2484*8

40990/長200か990/94/長/1475

 

KC-LV280L(IKC:CUBIC)

40957/長200か957/96/長/2697*9

40958/長200か958/96/長/2698

40968/長200か968/96/長/2699

40969/長200か969/96/長/2601

41056/長200か1056/97/長/1783

41057/長200か1057/97/長/1784

41061/長200か1061/98/長/2813*10

41062/長200か1062/98/長/2814*11

41064/長200か1064/98/長/1885*12

41065/長200か1065/98/長/1886*13

99428/長200か1328/99/長/2919*14

99429/松200か982/99/長/1995*15

99443/長200か1438/99/長/1994

 

(参考)PJ-LV234L1(J-bus:ERGA)

07481/長200か1647/07/長/2748

山陽バスいすゞ藤沢工場の送迎車へ転用されたのち、アルピコへ移籍した車両です。

 

以上、いすゞC系から3代に亘って移籍していることがわかりますが、エルガに関してはイレギュラーな車歴の持ち主であるため、参考として記載しました。しかし今後の状況によっては更なるエルガ、またはニューエアロスターの移籍が考えられるため、転入次第反映させたいと思います。

いすゞC系は高出力車のCQAで、最後まで残った42176号車→40058号車は、2005年の川中島バス(当時)80周年企画の一環として、かつての「草餅色」に復刻された「メモリアルバス1号」として長野市内の一般路線やイベントで活躍しました。廃車後に宮城県の昭和の車保存会へ「メモリアルバス2号」ことエアロスターKの41784号車と共に無償譲渡され、2010年代までは動態保存車として劇用車*16やマニア向け体験運転会などに使用されたものの、2020年現在の地点では同会敷地の片隅において廃バス同然の状態で放置されている様子が、YouTubeにアップされた動画で確認できました。

やはりキュービックの移籍が52両と圧倒的に多く*17、そのほとんどは川中島バスこと長野エリアに投入されています。松本は自社発注の高出力車やブルーリボンHIMRの導入を行なっていたことから、それほど多くを必要としていなかったのかと思います。先述の通り長野へ投入された車両は、戸隠や飯綱、鬼無里妙高といった山岳路線を中心に運用されており、かつての戸隠営業所では山陽バスからの移籍車が肩を並べる光景が見れました。現在は七曲経由の路線が廃止されたことで低床車の制約が撤廃された影響などから、元東急バスのニューエアロスターなどに置き換えられてしまい、片手で数えられるほどしか在籍しておりません。

また中型車は現在までにジャーニーが1両のみですが、それを用いるような閑散路線が相次いで整理されている現状においては、これ以上の増加は見込めないかと思います。

山陽バス時代の車番は現在調査中で、判明次第少しずつ反映させたいと思います。

 

機会があれば、元臨港バスの車両などもまとめてみたいと思います。今回は以上です。

 

f:id:mc127_100:20220117195356p:plain

オマケ:山陽バス(株)Twitterアカウント公式?キャラクター「キュビ子」の信州バージョンを描いてみました…アルピコのダイナミックストライプも結構似合ってますねw

 

2022/01/19 追記:山陽バス時代の車番について判明したものを反映しました。引き続きコメントなどで情報の提供をお待ちしております。

*1:妙高へ異動後、再度長野で40058号車「メモリアルバス1号」として活躍。

*2:妙高へ異動後、40057号車として活躍。

*3:末期は浅間線ラッピング車「チンチン電車バス」として活躍

*4:末期は諏訪へ異動

*5:「戸隠の蝶」ラッピング車

*6:バスコレ化された車両

*7:妙高へ異動後、再度長野で41192号車として活躍。

*8:妙高へ異動後、再度長野で41193号車として活躍。

*9:妙高へ異動後、再度長野で41194号車として活躍。

*10:前中扉のワンステップ車

*11:前中扉のワンステップ車

*12:前中扉のワンステップ車

*13:前中扉のワンステップ車

*14:戸隠・飯綱ラッピング車

*15:大町の所属

*16:映画「東京タワー ボクとオカンと時々オトン」に出演したのだが、九州は筑豊が舞台の作品であるにも関わらず信州のバスが登場するという謎なシーンと化している

*17:山陽バス舞子線+名谷線に所属したうちの4割近くが移籍したことになる模様

1000形電車運転記念乗車券

今回の切符これくしょんは「1000形電車運転記念乗車券」を紹介いたします。

静岡鉄道1000系は1973年に事実上の親会社である東急7200系をベースに製造された車両で、地方私鉄の新造車では珍しいオールステンレス製の車体が特徴的です。東急7200系に準拠しているため、初期に登場した車両は非冷房、後期に登場した車両は新製冷房車となっており、非冷房車ものちに冷房化改造されている点も7200系と共通です。

現在はA3000系の投入に伴う廃車が進行している中、一部の編成は熊本電鉄えちぜん鉄道への譲渡が決定し、それぞれ西鉄阪神の系列会社の工場にて改造工事が行なわれている最中です。

 

f:id:mc127_100:20220110161101j:plain

 

入れ物は東急7200系などに掲げられている米・BUDD社との提携を示す銘板をイメージさせる紺色に銀色で1000系と富士山が描かれています。

 

f:id:mc127_100:20220110161111j:plain

f:id:mc127_100:20220110161141j:plain

 

乗車券は5枚組で、デワ1形との並びや20形、駿遠線で用いられたB11形機関車の写真などが一緒に添えられています。旧型車の代表として紹介されているのが100系300系などの長沼工場製18m車ではなく、マイナーな20形というのが微妙な感じですね…。

裏面は全て主要諸元表になっているほか、表面の写真の解説にもなっています。

 

今後熊本電鉄えちぜん鉄道でのデビューに於いても同様に記念券の類が発券される事が考えられるので、そちらも併せて入手してみたいと思います。

タキ1000形貨車

先日横浜市電保存館までは根岸駅経由で行ったのですが、その際に構内の専用線に留置されていたタキ1000形を撮影してみました。

 

f:id:mc127_100:20220114181628j:image

 

ここ根岸駅から東日本エリア各地の拠点となる油槽所へガソリンや灯油などの石油製品が発送されており、私の地元こと信州では8割が鉄道輸送に頼っているらしいです。

1両ごとにENEOSエコレールマークの有無があるので、細部を含めた形態差が見ていて面白いですね。


f:id:mc127_100:20220114181625j:image

 

手前の着発線にはEH200形に繋がれたものが待機していました。

こうして見てると模型が欲しくなりますね(笑)

 

f:id:mc127_100:20220114182023j:image

 

なお根岸駅の側線には金属製の枕木が用いられているらしく、このように置いてありました。

重量のある45t積みタンク車ゆえに、このようなものを用いて軌道を強化する必要があるのでしょうかね。

加悦SL広場の保存車(その他の車両編)

閉園間際の頃に書いたまま放置していた加悦SL広場の保存車ですが、まだ挙げてなかった客車や貨車を今更ですが投稿したいと思います。

皆様ご存知の通り、加悦SL広場はすでに閉園しているうえ、残存している車両の処遇はごく一部を除き未定となっています。

 

f:id:mc127_100:20220110152830j:image

 

園内に入ってすぐの場所で2号機関車と共に置かれていたのがハ4995号です。

明治26年鉄道作業局新橋工場製という、正真正銘の鉄道創業時からの生き証人です。

加悦鉄道譲渡後に新たな車体へ載せ替えられたものの、倉庫と化していた旧車体を用いて復元したのだそうです。


f:id:mc127_100:20220110152842j:image

 

車内はこのようにセミコンパートメントとも言うべき感じでした。


f:id:mc127_100:20220110152915j:image

 

その隣にはハブ3号が置かれていました。

明治22年ドイツ製で、現在の伊賀鉄道の前身である(旧)伊賀鉄道で使われたのちに入線しました。

1970年の大阪万博では九州鉄道の開業時に用いられたドイツ・クラウス製の機関車と共に展示されていたみたいです。

 

f:id:mc127_100:20220110152854j:image

 

転車台の横に置いてあったハ10号です。

こちらも(旧)伊賀鉄道が発注したものの、電化に伴い注文流れとして加悦鉄道にやってきたのだそうです。

登場時は2等と3等の合造車だったので、車体には青帯と赤帯が入っています。

 

客車はこの他にハ21号とフハ2号が保存されていたのですが、訪問時は展示されていませんでした。


f:id:mc127_100:20220110152900j:image

 

こちらは有蓋緩急車のワブ3号です。

加悦鉄道に在籍した貨車では唯一の生き残りとなっています。


f:id:mc127_100:20220110152921j:image

 

こちらは無蓋車のト404号です。

遠州鉄道がホキ800形を導入した際に廃車したことから保存用として譲り受けたもので、加悦鉄道にいた無蓋車と同形であることから保存されました。


f:id:mc127_100:20220110152810j:image

 

こちらは車掌車のヨ2000形ヨ2047号です。

戦前製の車掌車では唯一の現存車両で、1981年に保存用として当時の国鉄から貸与されたものになります。
f:id:mc127_100:20220110152813j:image

 

南海1201形と並べて店舗として使われていたサハ3104号です。

元は東横モハ100形→東急3100形で、付随車化改造から漏れた仲間の一部は上田電鉄に譲渡されて丸子線で使用されていました。

加悦鉄道では客車として使われていたものの、キハ08形の入線にあたり使用停止となったのち、加悦SL広場の休憩所へ改造されましたが、その後移転と同時にレストランへ再改造されました。


f:id:mc127_100:20220110152924j:image

 

外から見るとこんな感じです。

元の台枠の横に新たな部材を継ぎ足して拡幅しているらしいです。


f:id:mc127_100:20220110152857j:image

 

屋根は原型のままであるように思えました。


f:id:mc127_100:20220110152839j:image

 

保線用のトロッコもこのように展示されていました。


f:id:mc127_100:20220110152918j:image

 

こちらは雪かき車のキ100形キ165号です。

こちらも1981年に保存用として当時の国鉄から貸与されたものになります。


f:id:mc127_100:20220110152848j:image
f:id:mc127_100:20220110152821j:image

 

運転台には様々なスイッチやレバーが所狭しと並んでいました。


f:id:mc127_100:20220110152833j:image

 

昭和50年11月に後藤工場で検査を受けた際の表記も残されていました。


f:id:mc127_100:20220110152909j:image

f:id:mc127_100:20220110155303j:image
f:id:mc127_100:20220110152824j:image
f:id:mc127_100:20220110152903j:image
f:id:mc127_100:20220110152827j:image

 

園内の至る所には様々な鉄道部品が放置されているのが確認できました。

1枚目は蒸気機関車の主連棒、2枚目はスポーク車輪とプレート車輪、3枚目は輪軸のタイヤ、4枚目は踏切の警報機の支柱、5枚目は隅の方に押しやられていた雑多な部品類です。


f:id:mc127_100:20220110152851j:image

 

キハ101号の横には古風なガソリン計量器がありました。

 

f:id:mc127_100:20220110152906j:image

 

園内の奥にはD50形を模した投炭練習器がありました。


f:id:mc127_100:20220110152912j:image

 

入口にもスポーク車輪が展示されていました。


f:id:mc127_100:20220110152818j:image

 

加悦駅舎を模した建物はこのような感じでした。


f:id:mc127_100:20220110152845j:image
f:id:mc127_100:20220110152816j:image

 

iPhoneのパノラマ写真機能で園内を撮影してみました。

限られたスペースに貴重な車両が多々並べられていて充実していた印象がありました。

 

以上、加悦SL広場の保存車の紹介ですが、最後に2022年1月現在において処遇が決まった車両について書き起こしたところで終わりにしたいと思います。

 

・2号機関車+ハ4995号+ハブ3号→加悦鉄道資料館

・DC351号→青森県五戸町*1

・103号機→山口県下関市「蛍街道西ノ道」*2

京都市電N23号→大阪府の霊園施設

 

これ以外の車両の処遇も早く決まると嬉しいですね…。

 

〈関連記事〉

mc127-100.hatenablog.com

 

mc127-100.hatenablog.com

*1:南部鉄道唯一の現存車両であることによる移転

*2:長門鉄道唯一の現存車両であることによる移転

長野線権堂~長野間開業八十周年記念入場券

今回の切符これくしょんは、「長野線権堂~長野間開業八十周年記念入場券」を紹介いたします。

こちらは2009年度が始まって間もない頃にJR東日本長野支社・長野電鉄しなの鉄道の3社合同企画として発券されたもので、台紙にもそれを示す意匠が見られます。

 

f:id:mc127_100:20220110131643j:plain

f:id:mc127_100:20220110131703j:plain

 

台紙は2枚折りで長電のイメージカラーである赤色の上品な感じとなっており、開けると入場券が各駅の開業時の写真と共に収められています。

このうち長野、市役所前、権堂の3駅は大人用と小人用が1枚ずつですが、復刻された錦町と緑町のものは大人用のみとなっています。

錦町と緑町は市役所前に統合される形で消滅したもので、現在の市役所前は両駅の中間にあたる位置に設置されています。そのことで北口は緑町、南口が錦町のあった位置に相当します。ただし緑町駅は戦時中に節電などの影響から、市役所前への統合まで営業が休止されており、復活するまで30年ほど休眠していたことになります。

市役所前は開設以来北口がメインで南口は裏口のような感じだったことから、近年南口の営業を休止してしまいました。戦時中に休止された北口側が繁盛しているのに対し、存続していた南口側が休止されたのは不思議な話ですね。

今回は以上です。