青梅鉄道公園の保存車

本日は改装のための閉園が予定されている、青梅鉄道公園へ保存車を見に行ってきました。

 

f:id:mc127_100:20230827151751j:image
f:id:mc127_100:20230827151755j:image
f:id:mc127_100:20230827151800j:image

 

青梅鉄道公園は1962年に我国の鉄道開業90周年を記念して開園したもので、その名の通り入園料無料の「鉄道公園」として、地域の憩いの場となっていました。

そのため記念館はいわゆる「国鉄建築」の詰所風の建物だったり、園内には当時の国鉄総裁である十河信二*1の名前が記された石碑があったりします。

その後は微妙な展示物の変化を経て、1997年に展示物の整備を行った際に、入園料として100円を徴収するようになり、現在へと至っています。

当園の展示車両は開園時期が時期だけに、旧型の蒸気機関車が多く、古典機オタにとっては必見の場所でもあります。開園当初はスイスから輸入した電気機関車のED54形や、我国初期の電気式内燃機関車であるDD10形なども展示する予定だったそうですが、これらは残念ながら大宮工場で解体処分されてしまっています。

以下はそれら貴重な古典機のコレクションです。

 

f:id:mc127_100:20230827152533j:image

 

2120形2212号機

B6の名称で親しまれる、明治期の大型タンク機関車です。主に勾配路線で使用され、長野県内でも篠ノ井線などで使用されていたそうです。一部は専用線や炭鉱鉄道へと払い下げられているので、それらの個体も有名ですね。その中の1両には大井川鐵道を経て日本大学で保存されている、2109号機もあります。

Nゲージ鉄道模型でも、今は無き河合商会が製品化していたのが有名です。


f:id:mc127_100:20230827152452j:image

 

5500形5540号機

明治期の急行用テンダー機関車です。同型車が東武鉄道に多数在籍しており、現在も東武博物館にて保存されています。

同形式は、5500号機が交通博物館の展示候補になっていたものの、戦時下の金属供出の一環で解体されてしまったため、これが唯一の生き残りです。


f:id:mc127_100:20230827152523j:image

 

8620形8620号機

大正期の名機・8620形のトップナンバー車です。

急行旅客用として製造されたため、スマートな見た目が特徴的です。現在も梅小路の8630号機や、九州会社の58654号機が動態保存されていることで有名ですね。


f:id:mc127_100:20230827152529j:image

 

9600形9608号機

これもまた大正期の名機・9600形です。

貨物用として製造され、重厚な見た目が特徴です。戦時中に200両以上が中国の華中鉄道などへ供出され、その中にトップナンバーの9600号機が含まれていたため、これが国内に現存する中で一番番号が若い個体になります。

武士道機関車と呼ばれるように、足回りが左先行になっているのも本形式の特徴ですが、静態保存だとイマイチ分かりにくいですね()


f:id:mc127_100:20230827152509j:image

 

C11形C11 1号機

国鉄のタンク機関車では、一番多く動態保存されているものです。

ここではトップナンバーの1号機が保存展示されています。


f:id:mc127_100:20230827203753j:image

f:id:mc127_100:20230827153144j:image

 

D51D51 452号機

デコイチことD51蒸気機関車です。

452号機はいわゆる標準型ですが、煙突に後藤式集煙装置を備えており、現存する中では珍しい個体です。

なおここにはかつて、食堂車のスシ28 102号車が食堂として置かれていたとのことですが、その後本機がここへ搬入されたことで場所を移動したのち、老朽化により解体されたことで、物議を醸したそうです。


f:id:mc127_100:20230827152514j:image
f:id:mc127_100:20230827152457j:image
f:id:mc127_100:20230827152502j:image

 

E10形

奥羽本線板谷峠を電化するまでの繋ぎとして導入された、大型タンク機関車です。最近YouTubeなどで乱発しているインチキ迷列車動画では、よくキャブフォワード式と言われていますが、炭庫と水槽が運転台よりも前にあるため、正確には異なります*2

急曲線に対応するためのフランジレス動輪が見どころです。なお本機は板谷峠の電化後に篠ノ井線の冠城越えへ転用する計画もあったとのことですが、結局は肥薩線矢岳越えへ転用されたのち、北陸本線を転々としていました。

 

続いて電気機関車や電車です。

 

f:id:mc127_100:20230827153900j:image
f:id:mc127_100:20230827153905j:image
f:id:mc127_100:20230827153910j:image

 

ED16形ED16 1号機

1930年代初頭に行われた中央本線上越線の電化開業に合わせ、勾配線区向けの貨物用電気機関車として製造されました。EF52形を元にD形機へ設計変更がなされたほか、勾配線区で使用するための改良がなされています。

本形式は1970年代以降は全機が立川機関区へと集結し、青梅線南武線の貨物列車に用いられたため、当地にゆかりのある機関車です。廃車後は本機の他に10号機と15号機がそれぞれ大宮工場と山梨県南アルプス市役所若草支所に保存されていましたが、いずれも2015年以降に解体されてしまったため、2023年現在において、現存するのはこの車のみです。

 

f:id:mc127_100:20230827204731j:image
f:id:mc127_100:20230827204728j:image

 

記念館の2階からは屋根周りが見学できます。


f:id:mc127_100:20230827153841j:image
f:id:mc127_100:20230827153845j:image

 

40系クモハ40形クモハ40054号車

関西地区の通勤輸送用として登場した、40系電車の両運転台車が、このクモハ40形です。のちにホームの延伸が整った線区が増えたことから、関東地区にも新製や転属などで配置されるようにもなりました。

このクモハ40054号車は後年の改造で運転台側の窓がHゴムになったため、正直ちと不恰好です*3

また近年行われた整備の際に屋根上の配管やランボードなどを一切撤去したため、更に原型を損ねるという改悪もされてしまいました。まぁ博物館ではなく、鉄道公園の置物なので致し方ないのでしょうけれども…。

 

f:id:mc127_100:20230827153946j:image
f:id:mc127_100:20230827153955j:image
f:id:mc127_100:20230827153951j:image

 

こちらは2018年に訪問したときのものです。

このときは屋根周りが改悪される前でした。

民営化後もイベント用に使用されていたため、ATS-Pに対応しており、車内にその筐体が設置されたままでした。


f:id:mc127_100:20230827153914j:image

 

0系新幹線電車22-75号車

かの有名な0系新幹線電車の上り方の制御電動車が、この22形です。搬入当初は台車以外の走行機器が欠損している状態であったらしいのですが、現在は屋根にパンタグラフが設置されています。また一時期は東北新幹線の200系をイメージした緑色に塗装されていたのも有名ですね。

 

f:id:mc127_100:20230827153855j:image
f:id:mc127_100:20230827153918j:image

 

床下はこのように何もありません。

機器類を取り外した際に切断した電線が残されています。


f:id:mc127_100:20230827153850j:image

 

0系新幹線が展示されているところを見ると、土止めの囲いに古レールが使われていました。

 

f:id:mc127_100:20230827205701j:image

 

園内には腕木式信号機と4灯式信号機も置いてあります。

どちらも停止現示の状態での展示です。

 

以下、記念館内部のあれこれです。


f:id:mc127_100:20230827205642j:image

 

16番鉄道模型レイアウトの近くには「JR特急ヘッドマークいま・むかし」と題された展示がありますが、2023年8月現在これらは既に過去帳入りしています…。


f:id:mc127_100:20230827205653j:image

 

こちらは鉄道総研にあったらしい、模型を使った車両の試験装置だそうです。


f:id:mc127_100:20230827205650j:image
f:id:mc127_100:20230827205657j:image

 

2階には園内の変遷や、かつてのパンフレットが展示されていました。


f:id:mc127_100:20230827205645j:image
f:id:mc127_100:20230827205704j:image

 

201系電車の運転台も設置されており、マスコンとブレーキをガチャガチャ動かせます。


f:id:mc127_100:20230827205707j:image

 

外の券売所の壁には、どこかで見たことのあるキャラクターが貼ってありました。

 

青梅鉄道公園は今月末で一度閉園し、2025年にリニューアルオープンする予定で改装へ着手すると発表されています。

改装によって中央線や青梅線の歴史に触れる展示内容へと変化するほか、車両の「見直し」や追加がなされる予定です。この「見直し」によって撤去される車両が出るのでは⁇と危惧する声もありますが、果たしてどうなるか楽しみなところですね。

*1:国鉄御自慢の十河総裁その人である

*2:キャブフォワードとは、名前の通り運転台が炭庫やボイラーよりも前に来ている形態ゆえに、E10形では誤りである。つまるところは「炭庫側が前向きのタンク機関車」という言い方や解釈が正しい。

*3:走ルンです的には、相武台実験やマリ区の職員輸送車として活躍した、クモハ40030号車のような、どちらも原型の木枠を保つスタイルの方が好みである