小樽市総合博物館の保存車

昨日は小樽に前泊したうえで、電気機関車の解体・撤去で話題の小樽市総合博物館へ行ってきました。

 

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この小樽市総合博物館は、1962年に当時の国鉄手宮手宮駅構内にて運営していた「北海道鉄道記念館*1」を、小樽市が運営・委託受理したのを機に、年を追うごとに展示物を増やしていき、1986年にはダイヤ改正にて生じた余剰車の引き受けを行い、現在の保存車群が揃いました。

1992年にはリニューアルを行い、中央展示館などを設置したうえ、1996年に小樽交通記念館として再出発しました。しかし来館者の減少に伴い2006年に一度閉館したのち、2007年に現在の小樽市総合博物館として再出発しました。

 

前述の通り、この博物館は手宮駅跡地に所在しており、この手宮駅跡地はかつての石炭積出港の近くに所在するため、当然ながら海の近くに所在しています。そのためかつてより車両の劣化と整備のイタチごっこが問題となっており、それが新たな問題となった電気機関車の解体・撤去へとつながったと考えられます。

また修理も本格的なものではなく、傷んだ箇所を点々と直すだけといったものゆえに、根本的に修理できておらず、またそれを担うスタッフも後継者問題に悩まされているらしいという、いわば限界状態であることを、今回見た車両の姿から感じました。

 

それでは流れでささっと紹介していきたいと思います。

 

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本館入ってすぐのところには、7100形蒸気機関車の6号機「しづか号」とい1号1等客車が展示されています。

これらは鉄道80周年に合わせて修復されたものであり、屋内にて保存されていますが、しづか号は運転台に出入りできるようになっているため、窓枠などに痛みが見られました。いずれも鉄道記念物であるので、もう少し厳重にしていてもいいのではと思いました。

 

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屋外には鉄道記念物でもあり、国の重要文化財でもある、手宮機関庫があります。一部は動態保存機・アイアンホース号の車庫として現役で使用されており、転車台も大友式牽引装置という圧搾空気で稼働する方式で維持されています。

 

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こちらは7150形「大勝号」です。

北海道で初めての国産蒸気機関車と言われていますが、実際は7100形の予備部品を組み合わせただけという、某北朝鮮の金星型内燃機関車に似たような感じなのだそうです()

ゆえに完全な国産ではありません。


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ボイラーには北海道炭礦汽船のマークである、五芒星の銘板が取り付けられています。


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庫内に収蔵されているので、ワイドモードで撮影しても全体像を拝むのか難しいです。

 

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こちらは最初の除雪車を復元したものです。

いわゆる両頭式であり、前でも後ろでもどちらでも除雪できるようになっています。

なおこの車両の置かれているところですが、ピット内が浸水していてコケだらけになっていました。

重要文化財ゆえに大規模な補修が難しいとはいえ、そこはなんとかしてあげてほしいところです…。


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こちらはキハ03形レールバス です。

かなり有名な車両ゆえに説明は不用ですね。


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裏から回るとこんな感じです。


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一応ATS-Sを搭載しているらしいのですが、車上子はどこに吊るしているのでしょうかね。


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車内は噂違わぬチャチさといった感じです。

車高が極端に低いので、身長174cmの走ルンですは天井に突っかえるか否かといった感じです。

この座席も長時間座ることや2軸車特有の乗り心地を含めて考えると、なんやかんやで色々言われてる日立A-trainの煎餅布団や東日本会社の新系列電車におけるロングシート*2の方が、まだ快適かもしれません(?)

運転台もバスのものを鉄道用にリファインしたような感じです。

 

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こちらはジョルダンラッセル車のキ700形キ718号車とキ752号車です。

同じ形式でも前面の形状などが大幅に異なりますが、これは左側の50番代は近代化工事を受けているからだそうです。よって民営化後も北海道会社へと継承されています。

 

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こちらはマックレー(掻き寄せ)式雪かき車のキ800形キ800号車です。

1928年に日本初のマックレー式雪かき車のキ500形として登場したもので、設計にあたりカナダ鉄道の技師マックレーの技術を参考にしたため、マックレー式と呼ばれるようになりました。

かつては屋外に展示されていたらしいのですが、現在は庫内に収められています。


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こちらはロータリー式雪かき車のキ600形キ601号車です。

1923年にアルコことアメリカン・ロコモティブ社から輸入したもので、当初はキ300形を名乗っていました。

日本初のロータリー式雪かき車ということで保存されており、準鉄道記念物にも指定されています。

炭水車は廃車になった蒸気機関車のものを流用していたためか、ここには展示されていません。

 

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その近くには単線用ラッセル式雪かき車のキ100形キ270号車と、複線用ラッセル式雪かき車のキ550形キ1567号車です。

いずれも国鉄の雪かき車としてメジャーな形式で、特にキ100形は私鉄で現役の個体もいます。

ここに展示されているキ550形はキ100形からの改造車だそうで、単線用から複線用へと改造された形になります。

 

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機関庫から東側へ行くと、蒸気機関車資料館があります。

現在はステージ状の上屋が建っていますが、ここにはかつて倉庫などがあり、その横にC62形3号機や現在も館内に保存されているC55形50号機とC12形6号機が連結された状態で展示されていたそうです。

中には蒸気機関車の部品に囲まれて、軌道自転車2台と大型のD51形の模型、そして動輪とロッドが展示されています。動輪にはD51形60号機の刻印があるのが認められますが、ロッドは昭和35年11月付の浜松工場の刻印しか確認できませんでした。

 

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蒸気機関車資料館の奥には、2両の除雪用ディーゼル機関車が展示されています。

手前側がDD14形323号機で、ロータリー式雪かき車です。


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奥側がDD15形37号機で、ラッセル式雪かき車です。

これらも現在は除雪用モータカーに置き換えられているため、保存車などでしか見れなくなってしまいました。

 

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かつての北海道特急のエース、キハ80系内燃動車ですが、こちらにはキハ82形1号車と、キシ80形12号車、同34号車です。なぜかキシ80形が2両も保存されています。

調べたところ当初はキハ82 1+キシ80 12が展示されており、キシ80形は売店などとして使用されていたそうです。のちにキシ80 34が搬入され、それがキハ82と組成されて現在の位置に置かれたそうです。

なおキハ82 1は準鉄道記念物に指定されていますが、車体ぶち抜きのエアコン室外機が無造作に設置されているのに、なんとも言えないものを感じます。

 

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こちらは有名なマニ30形荷物車です。

日本銀行の私有客車で、現金輸送用として製造されました。運行当時は色々と物騒な噂が流れていたらしいですね。

 

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車内は一部見学できるようになっていて、現金が納められる箱や、警備員さんが乗務する座席なども見れました。


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旧型客車は35系や43系などが4両置いてあるほか、スユニ50形郵便荷物車が保存されていますが、いずれも保存車というよりは展示室といった感じらしく、やはり雑に取り付けられたエアコンの室外機や、屋根の色、住宅用の扉などが気になってしまいます。北海道の屋外に置いてあるという事情もあるのでしょうけれど……。

そして問題のひとつであるED76形500番代は、これら客車の先頭に連結されていました。

 

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公道に面したところから解体の様子がチラッと見えました。

既にパンタグラフや屋根上機器は下ろされており、屋根自体も撤去されていると考えられます。

素人目には屋根を外して*3から、機器の撤去だけで済みそうな感じがしますが、どうやら車両自体の老朽化もあって、完全に解体・撤去する方向へと動いたそうです。

ED76形500番代は同じ道内の三笠鉄道記念館にも保存されていますが、こちらは既に2014年にPCB含有の疑いのある機器類の除去が済んでおり、屋内で保存されていることもあって、2023年現在も引き続き保存されています*4

いくら保存車とはいえ、法的に引っかかるところをそのままにするのも許されることではないため、貴重な文化財を後世へどう残していくか……解体される機関車を見ながら、難しい問題であることを改めて感じました。

 

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その近くにはDE10形の貨物列車が展示されており、Nゲージ鉄道模型のような趣を見せています。


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先頭はDE10形500番代のDE10 503号機です。

500番代は国鉄末期に大幅なリストラが行われた区分のひとつで、保存車はこの1両だけです。


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続いてワム80000形有蓋車のワム82506号車です。

退色したような変な色に塗り直されています。

また基本番代ゆえに普通鋼製の扉であるため、劣化が目立ちます。


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続いてセキ6000形石炭車のセキ7342号車です。

石炭積出の拠点であった当地に相応しい車両ですね。


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続いてトラ55000形無蓋車のトラ57964号車です。

全鋼製の無蓋車ゆえに、これも痛みが目立ちます。


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続いてホキ2200形ホッパ車のホキ2226号車です。

一部の外板が捲れ上がっています。


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最後はワフ29500形緩急車のワフ29984号車です。

やはり劣化が目立ちます。

 

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さらにその隣にある石炭積出設備への築堤跡には、DD51形に繋がれた救援列車が置かれています。

先頭はDD51形500番代のDD51 615号機です。

この機関車はなんと新製配置が長野機関区だそうで、電化前の篠ノ井線で活躍していたそうです。道内に転入してからラジエータカバーの撤去が行われたほか、雪かき車の警笛の音を拾うためのスピーカーがボンネットに増設されています。

残念ながら前面のナンバーは文字が欠落したままになっているほか、機関車横の路面は陥没したままになっています。


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救援車は2両連結されており、南小樽方からオエ61形オエ61 309号車と、スエ78形スエ78 305号車です。

これらの車内の一部は見学できるようになっており、当時の備品と思われる品々も展示されていました。


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それに続くのは操重車*5のソ30形ソ34号車と、控車として使われていたチキ6000形チキ6141号車です。

チキ6000形は比較的新しい長物車ですが、国鉄末期のリストラの影響で廃車されてしまった仲間も存在する、ちょっと悲しい車両です。車体をよく見たら床板が腐って抜けているところがありました。

ソ30形は近くから見れないため、帰りに外側から撮影しました。


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最後は車掌車のヨ6000形ヨ7904号車です。

やはり外板の劣化が進行しており、もはや放置車と見紛うような姿です…。

これも近くから見学できないため、外から撮影しました。

 

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続いて手宮口付近からずらっと並べられている車両です。

先頭はC12形蒸気機関車のC12 6号機です。


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そのあとにキシ80 12号車が続き、なぜかそれと連結されているキハ22形内燃動車のキハ22 56号車が続きます。

かつてはキハユニ25 1号車やキハ56系などと一緒に置かれていたらしいのですか、なぜかこれだけ離されています。


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こちらも物議を醸している、ED75形500番代電気機関車ED75 501号機です。

北海道における国鉄の交流電化に合わせて登場した、事実上の試作機です。やはりこれもPCBの都合から解体・撤去されるとのことですが、こうなる前に手を打つことは出来なかったのでしょうか*6

この車両も準鉄道記念物に指定されており、なんとも言えないものを感じます。


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こちらはキハ20系とキハ56系から組成される、急行列車を模した展示です。

先頭からキハユニ25形キハユニ25 1号車、キハ27 11号車、キロ26 107号車、キハ56 23号車です。

いずれも車体にパッチワーク状の補修が入っており、剥がした下がどうなってるかはお察しでしょうか……*7

キハ56系には急行のサボが入っていますが、本物かレプリカかは不明です。


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その後ろにディーゼル機関車のDD16形DD16 17号機と、DD13形DD13 611号機です。

DD13形ですが前照灯周りの腐食が激しいです。

いずれの車両も海に近いからか腐食が激しかったり、おざなりな補修の影響から劣化が激しかったりと、維持管理の苦労が偲ばれます。

 

帰り際に館内の売店にて、グッズ類を買えるだけたくさん買って帰ってきたのですが、これが少しでも貢献できたらと思います。


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館内には蒸気機関車のナンバープレートが大量に展示してあったのですが、よく見るとちょっとレアな車両のものや解体されてしまった保存車のものなどが混ざっています。

お出かけの際は是非チェックしてみてください。

 

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館外にはレストランとして使用されている43系客車とワフ29500形緩急車も置いてあります。

時間の関係でパスしてしまいましたが、次回行く機会があればご飯を食べてみたいと思います。

 

2023/08/29 追記:本日付の北海道新聞の記事にて、解体予定の電気機関車は、有害物質を含む機器類を撤去した後に保存を継続する旨が掲載されました。このうち準鉄道記念物に指定されているED75形はそのままですが、ED76形は残念ながら前頭部をカットモデルにして保存されるとのことです。訪問した地点で解体が進んでいたため、後戻りができない状態だったことが考えられます。いずれにせよ、曲がりなりにも貴重な遺産が継続して保存されるので、喜ばしい限りです。

*1:現在の苗穂に所在するものとは異なる

*2:腰痛持ちの走ルンですとしては、新系列電車のロングシートは程よい硬さで快適に感じます

*3:電気機関車の屋根は点検時に取り外して中の機器類を取り出せるようになっている

*4:であらば、どうして小樽は今の今に至るまで、何もせずにずっと放置していたのか、という疑問も生じるが……

*5:いわゆるロコクレーン

*6:なお今回問題となった法律は2001年に施行されているため、腐食が進んでいないうちに募金を募って撤去費用を捻出するなどして、対策をしようと思えばできたはずである

*7:腐食箇所は完全に切除してから補修をしないと、その下は腐食したままであるため、長期間放置するとどうなるかは…ナオキです