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ながでん電車の広場 '12

画像フォルダを漁っていた画像をひたすら貼っていくだけの記事が続きますが、お付き合いいただければと思います。

今回は2012年の屋代線が廃止になる寸前のながでん電車の広場の様子をお目にかけたいと思います。

 

ながでん電車の広場とは、長野電鉄創立70周年を記念して、1990年に小布施駅構内に設置された車両展示スペースです。ここにはかつて開業時の電車や機関車をはじめ、貴重な旧型車が4両も保存されていました。しかし2012年の屋代線廃止に合わせ、同所に2000系D編成を保存することになったため、何を血迷ったのか長電はこれまでの旧型車を、あろうことか全て処分してしまいました。信濃川田駅の跡地へ押し込まれた貴重な車両が現在どうなっているか……語るまでもないでしょう。

折角保存していた自社の貴重な車両たちを惜しみなく処分してしまった当時の長電には、たいそうガッカリしたのを今も覚えております。

信州中野駅の使っていない1番線や側線を使って、そこを新たな電車の広場にするなどする手もあったのですが、残念ながら顧みられることはありませんでした…。

 

前置きが長くなってしまい恐縮ですが、そろそろ写真の方をお目にかけましょう。

 

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当時はこのように4両が連結した状態で押し込まれていました。

 

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一番手前にいたED5000形(旧称ED500形)電気機関車ED5002号機です。

長電廃車後に越後交通へ譲渡され、長岡線で使用されていたのを買い戻したため、尾灯が越後交通時代のままとなっているなど、所々中途半端な状態でした。

 

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その後ろにいたモハニ130形131号車です。

最後まで残った開業時に用意された車両の中でも、珍しく合造車ということで保存が決まったものです。

現在の状態は…ナオキです。

少なくとも永久保存車として大切に残していたものを、こうも易々と手放してオモチャにしてしまう姿勢は納得できないものがありますね。

 

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この当時は丸光百貨店(後の長野そごう)の広告が入った吊革が残っていました。

また荷物室には何故か無造作に木製のベンチが積まれていました。


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極め付けはこれ。

木製の窓枠が腐食したため、窓が破損してしまっていたのです…。

これらの車両に対する扱いは、この当時からこの程度でしかなかったのかもしれません。

 

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その後ろにいたモハ600形604号車です。

川造形電車という、日本でも初期の全鋼製車体を持つ車両ということで、わざわざ譲渡先の上田電鉄から買い戻したものになります。

同型車は西武や阪急にもいたので、そっちの方が有名なんじゃないかと思います。

この車両も現在の状態は…ナオキです。


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この車両は上田時代にクハとして使われていたため、当然ながら屋根のパンタグラフはありませんし、何なら車内に書かれた車番も上田時代のままでした…。

前面がHゴム化されずに原型を留めていたとはいえ、せめてもうちょっとしっかり整えてあげて欲しかったです。

なお台車は上田時代に川崎3450形へと交換されたままでした。


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車内には票券閉塞の機械が無造作に置いてありました。

これだけ置いてあっても、鉄道に疎い普通の人は???ってなりますよね。

 

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最後にいたのはモハ1000形1003号車(2代目)です。

本来はモハ1001号車(2代目)を保存する予定でブドウ色へ塗り替えた状態で須坂駅構内に留置していたものの、熟成が進んだ結果として老朽化が著しくなったため保存を断念し、その代わりにこちらを残すことにしたとのことです。

この車両も現在の状態は…ナオキです。

カットモデルにされなかっただけ、モハニ131とモハ604の方がまだマシなのかもしれません…。

ただ、これだけ何故か車内の座席のモケットが撤去されており、微妙に荒れ果てた感じを晒していました。

 

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最後に保存されているのが放置されているのかよくわからないもの3点…

1枚目は信州中野駅構内にある中野変電所のパネルらしいのですが、何も説明がないのでよくわかりません。

2枚目は松川橋梁に使われていたポニートラスです。当時のファンサイトによれば見学できるとのことですが、思い切り線路の敷地内にあるので、実際は見学できませんでした。

3枚目は遥か彼方に建設中の北陸新幹線の高架を見つめながら朽ち果てている腕木式信号機です。現在進行形で朽ち果てているので、どこかで手入れしないと危ない気がするのですがそれは…。


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こちらはホーム上に置いてある樽川変電所の水車と水管です。

説明板の通り、樽川変電所は長電の創業者が自社の電力を賄うために建設したもので、現在は中部電力へ移管されています。

 

そういえば須坂駅3・4番線ホームの長野方にも朽ち果てている鉄道部品の展示がありますが、アレもどうするのでしょうかね…。

長電は自社の遺産の保存に関して途中で燃え尽きる傾向があるらしいので、クラウドファンディングを募ったりボランティアを募集したりして、どうにか継続して残すための努力をして欲しいものですね。

もし2000系D編成の塗装を直すクラウドファンディングでもあるならば、喜んで課金するのですけども。