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長電バス初のいすゞ車…???

さて皆様は長電バスで初めて導入されたいすゞ車といえば、何を思い浮かべるでしょうか…?と聞かれると、だいたいの方はこちらの車両が出て来るかと思います。

 

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2012年の秋頃に大阪の北港観光バスからやってきた、エルガLT(KL-LT333J2)の1190号車です。

2021年4月現在は既に除籍されているらしいのですが、飯綱営業所へ配属された同車は「長電バス初のいすゞ車」として、同型のレインボー2が多くいる中で異彩を放っておりました。そしてそのことは誰しもが疑うことのない事実として、今に至るまで定着しておりました。

 

しかし昨年公開された長野電鉄100周年記念動画のロングverによって、この事実は覆されることになります…。

オマエそんなデタラメ抜かすなよ!と言う方は、実際に再生していただいた上で、動画の6:16辺りから出て来る画像をご覧ください。


www.youtube.com

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(画像は動画内より引用させていただきました。)

この独特の形状のボンネットは、どう見ても昭和37年から昭和39年の間に造られた、いわゆる川崎ボディを持つ車両です。そして川崎ボディの多くはいすゞ製のバスに架装されており、バスのフロントグリルの上には、細長いいすゞのロゴバッジらしきものがあることが認められます*1。そのためこの車両はいすゞBXDの前期形であることがわかります。

そうです。実は少なくとも昭和37年から50年代くらいの間に、長電バスにはいすゞBXD前期形が在籍していたのです。しかも1190号車が配属されていた飯綱営業所の前身である、野尻営業所に配属されていたらしく奇妙な縁を感じます…。

当時のバスの写真が少ないため、今まで長電バスには1190号車が入るまでいすゞ車は一切導入されていないことにされていましたが、この写真が公開されたことで過去にもいすゞ車が在籍していたと言う事実が明らかになったことは、とても大きいと思います。以上のことから長電バスいすゞ車は昭和40年代後半から50年代にかけての間で一旦全滅したのち、2012年(平成24年)から再び在籍するようになったと見て間違いないでしょう。

ただしこの車両よりも前にいすゞ製の車両が在籍していたかどうかは写真等の資料がほぼないため、今のところは不明です…。ですが、もしかしたら今後このような形で出て来るかもしれないので、そのときはまた別の新たな発見がありそうですね*2

バスは身近な交通機関であるが故に、モノによっては写真等の記録が少ないことが否めないのが現状なので、これからも長野電鉄のように過去の写真を積極的に公開していただける事業者さんが出てきてくれると嬉しいですね。

 

2021/04/11 付記:長野電鉄の75年(1997年 郷土出版社刊)の145ページに掲載されているストライキ中の権堂駅の写真において、当時同所に所在したバス営業所に停泊中のいすゞBXの姿が写っているのが確認できました。撮影日は昭和34年3月なので、いすゞ車はBXD前期形よりも前から在籍していたことがわかりましたことをお知らせいたします。

*1:これが日野製であれば、ウィングマークのロゴバッジが付いているはずである

*2:当然ながら日野車の在籍は雑誌の広告や日活映画「白銀城の対決」、以前紹介した記念乗車券などから確認できる