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アルピコ交通上高地線の電車について

現在、長野県内に存在する純粋な私鉄は長野電鉄上田電鉄、そしてアルピコ交通の3社が存在します。このうち長野電鉄上田電鉄は、「オタクな中の人」の大先輩格である小林宇一郎氏や宮田道一氏*1などによってまとめられた書籍が多数あるため、令和の今でも開業時の様子などを知る事が出来ます。

しかしアルピコ交通にはそのような人がいなかったらしく、纏められたものがあっても路面電車の浅間線くらいしか詳細なものがありません。これでは開業からモハ10や5000系を経て今に至るまで、どんな車両が出入りしたのか分からずじまいなので、今回調べてまとめてみることにしました。

そもそも上高地線とは何ぞや?という方の為に軽く解説すると、上高地線1921年10月02日に筑摩鐡道の手によって松本~新村間6.2㎞が開通したのを皮切りに、1922年9月26日には全線に当たる波多~島々間が開通した、全長15㎞程の路線です。1983年に発生した台風の影響で新島々~島々間の路盤が埋まってしまったことにより、同区間が1985年に廃止されたため、現在は松本~新島々間約14㎞の路線になりました。開業時は4輪単車を用いていたものが、木造ボギー車やその鋼体化改造車を経て、年を追うごとに車両の近代化が進んでいます。この記事では開業時に在籍した電車から順に、5つの時代に分けてまとめていこうと思います。

 

 

1:開業時の木造単車

・デハ1形

デハ1~デハ3

1921年10月名古屋電車製作所製。ポール集電の4輪単車。1924年に軌道線(浅間線)開業用として転用。1926年にボギー車の投入に伴い布引電気鐡道へ譲渡。

デハ4

1921年11月名古屋電車製作所製。ポール集電の4輪単車。廃車時期不明。

・デワ1形

デワ1,デワ2

1921年10月名古屋電車製作所製。有蓋電動貨車であるが、一般に閲覧が可能な写真・図面等の資料が皆無のため、形態は不明。デワ2は1926年にデハ1~デハ3と共に布引電気鐡道へ譲渡されたが、デワ1の廃車時期は不明。

・ハフ1形

ハフ1,ハフ2

元甲武鐡道デ963形デ968・デ979→信濃鐡道ハ6(→ロハフ1)・ハ8。所謂「国電の始祖」が1925年に譲渡されたもの。1932年に荷物室を追加したため形式がハニフ1形となり、番号もハニフ1・ハニフ2となる。ハニフ1は1949年休車→1955年廃車・保管。ハニフ2は1938年廃車となっているが、1926年に布引電気鐡道へ譲渡されたとの情報もあり、荷物室を追加された時期と矛盾が生じている。

 

2:木造ボギー電車・半鋼製車

・ホデハ1形

ホデハ1~3

1923年8月日本車輛製。2重屋根、ポール集電、直接制御のボギー車。1927年に主電動機を65kWから72kWに増強。1930年に上高地線所属車は奇数、浅間線所属車は偶数とするため、ホデハ2をホデハ5へ改番。時期は不明だが形式称号をホデハからデハへ変更。戦後の1952年にパンタ化、1956年及び1959年に制御器の直接→HL化改造を行ったのち、1958年から1960年にかけて車体を鋼体化した。

ホデハ9

1927年4月汽車会社製。なぜ7を飛ばして9になったかは不明。こちらはシングルルーフにお椀型ベンチレータを装備していたらしい。時期は不明だが形式称号をホデハからデハへ変更。1961年に車体を鋼体化した。

・デハ13形

デハ13

武蔵野鐡道サハ105(→デハ105)→近江鉄道モハ105が西武鉄道へ返却されたのち、1950年10月に入線した2重屋根の木造ボギー車。松本入りに伴い主電動機を65kWから100kWへ増強している。1960年に車体を鋼体化した。

・デハ18形

デハ18

玉南電気軌道モハ6→東京急行電鉄(→京王帝都電鉄)デハ2006が1955年11月に入線したもの。松本入りに伴い、パンタと台車の交換をはじめ両運転台化や主電動機を85kWから100kWへの増強などを行っている。1963年に車体を鋼体化した。

・クハ16形

クハ16

池田鐡道デハ1→信濃鐡道デハ3→国鉄モハ20003(→クハ29013)が1952年12月に入線したもの。1964年に木造車では最後に車体を鋼体化した。

・デワ2形(2代目)

デワ2

伊那電気鐡道デワ5が1927年7月に入線したもの。1914年製と初代より古いが、恐らく初代が布引電気鐡道へ譲渡された代替として入線したものと考えられる。主に貨車のけん引に使用されたらしいが、電気機関車の入線後はネット上に散見される写真から、1970年代前半まで架線点検用のヤグラを乗せた事業用車として在籍していた模様。

 

3:鋼体化改造車と電気機関車

・モハ/クハ10形

モハ101,103,105

自社発注の木造車・デハ1形デハ1~デハ3を日本車輛で鋼体化したもの。1958年に105、1959年に103、1960年に101が登場した。

モハ107

西武モハ105→デハ13を1960年に日本車輛で鋼体化したもの。

モハ109

自社発注の木造車・デハ1形デハ9を1961年に日本車輛で鋼体化したもの。

モハ1011

京王帝都デハ2006→デハ18を1963年に日本車輛で鋼体化したもの。

クハ102

国鉄クハ29013→クハ16を1964年に日本車輛で鋼体化したもの。

・ED30形

ED301

信濃鐡道3→国鉄ED223→岳南ED223→西武A1が1956年に入線したもの。1926年アメリカBW/WH製。路線や事業者を転々とすることで、度重なる電気系の昇圧・降圧改造を受けている。形式の30は自重から採られたもの。2005年に除籍されたのち、現在も新村車庫に保存されている。

・ED40形

ED402,ED403

1965年に奈良井川ダム建設に伴う輸送力増強のため、日本車輛で製造された電気機関車。形式の40は自重から採られたもので、1号機の欠番はED30が在籍していたからというのが定説である。1971年にダム建設のための輸送が終了し岳南鉄道へ譲渡されたため、一般には岳南鉄道ED40と言った方が通じるらしい。現在も岳南富士岡駅構内に姿をとどめている。

 

4:新性能車の時代

・5000系

モハ5001-クハ5002,モハ5003-クハ5004,モハ5006-クハ5006

1981年に「アオガエル」こと東急初代5000系を譲り受けたもので、モハとクハの固定編成は3本が在籍した。入線に伴いワンマン化改造が施工されている。番号対象は次の通り。

デハ5047-デハ5024→モハ5001-クハ5002

デハ5051-デハ5034→モハ5003-クハ5004

デハ5055-デハ5048→モハ5005-クハ5006

モハ5007-モハ5009

基本的には先述のものと同じだが、こちらは単行運転ができるようワンマン化のほかに両運転台化も施工された。番号対象は次の通り。

デハ5052-デハ5050→モハ5007-モハ5009

 

5:現行車両

・3000系

1999年と2000年の2回に分けて京王電鉄3000系を譲り受けたもの。入線に伴いワンマン化改造をはじめ、先頭車化改造や寒冷地対応がなされた。制御電動車の種車がデハ3100形のため、長野県の私鉄では初の界磁チョッパ制御車となった。番号対象は次の通り。

デハ3109-デハ3059→モハ3001-クハ3002

デハ3108-デハ3058→モハ3003-クハ3004

デハ3106-デハ3056→モハ3005-クハ3006

デハ3107-デハ3057→モハ3007-クハ3008

下線付のクハは霜取りパンタ装備車

 

 いかがでしょうか?開業時の車両に関してはまだまだ謎なところが多いですが、アルピコの車両はこんな感じだったのかとご覧いただければ幸いです。

*1:宮田氏は正確には上田電鉄の親会社にあたる東急の人である