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長野電鉄10系OSカーのパンフレット

本日、仕事の休憩時間にヤフオクで私鉄電車のパンフレットを何点か落札したものが到着したため、その中から一番欲しかった長野電鉄10系OSカーのものを紹介したいと思います。

 

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実はこのパンフレット、長電本社から発掘されたものが2015年か2016年の日比谷公園で販売されていたのですが、当時はさほど興味がなかったのでスルーしてしまい、後になってから後悔するということをしてしまいました…。

善光寺の裏山から長野市を写した清々しい写真に、日車の工場内で撮られた完成したばかりのOSカーが合成されているのが特徴です…が、善光寺の裏山はかなり広い面積にわたって存在するので、この写真は一体どこから撮影されたものなのか疑問だったのですが、ここにきてようやく特定する事が出来ました。

 

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スマホGoogle map画面のスクショで恐縮ですが、だいたいピンが立っている位置から、だいたい画面の方角に向けて撮影されたものらしいです。

手前に見える四角い建物が立ち並ぶ団地は、2020年4月現在では撤去され、跡地は空き地になっていました。電車のスカートの位置に見えるのが、城山公園内の信濃招魂社で、城山公園プールや少年科学センターが出来る前だったらしく、その前は駐車場になっています。電車の後部に見える茶色い屋根の四角い建物は長野県短期大学で、写っている校舎は現存しません。その左側にあるマンションは、アサバハイツというマンションで、このマンションは現在も同地に建っています。

…とまぁ、こんな感じで、長年の疑問を解決する事が出来ましたw

なおこの辺りから長電の電車に乗ろうとすると、最寄り駅まで徒歩か、本数がさほど多くないバスを利用して移動しないといけないという、至極不便な場所というのは公然の秘密でしょうか…(?

 

 

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裏表紙には当時の路線図が載っていて、70キロ近くあった路線網が今では32キロくらいに減ってしまったという現実が悲しくなります…。せめて木島線が計画通りに野沢温泉まで延伸していれば、不採算線区の廃止が地域の交通流動と合致していない河東線の屋代駅~須坂駅間だけで済むどころか、観光需要も手伝って今もそこまで苦労することはなかったんじゃないかな…と、思います。

 

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中身を全てスキャンするとキリがないのと、鉄道ファンや鉄道ジャーナルの記事と書いてあることに大差なかったので、裏表紙の裏のページに当たる、在籍する電車及び電気機関車の一覧表を紹介いたします。

当時は2600系のT3編成が入線しておらず、3連の電車が2000系と併せて6本のみ在籍していました。また現在は各先頭車に搭載されている無線アンテナですが、この当時は長野方先頭車にのみ搭載されていました。初代1000系のうち、クハ1552の製造年月が鋼体化前の種車のものになってるのと、モハ1502にパンタグラフが付いていないのがおかしいですね。

2500系に関しては、以前模型の記事で紹介した通り、4連を組んだ際に偶数編成が湯田中方、奇数編成が長野方に連結されるため、それぞれジャンパ線が付いてるか、線受けを持ってるかの違いに注目してみてください。模型化のお役に立つかと思います。また他の形式ではグリスタ(塗油装置)が台車についているものが、2500系ではクハの床下に付いているのにも注目してみてください。恐らくTS-301台車がそのような構造ではなかったのでしょうか…?これが3500系になると、編成番号によって4連を組んだ際の連結位置が固定されていなかったり、グリスタが台車に付いていたりしています。

鉄道車両のパンフレットは、結構資料としての利用価値が高いので、模型の参考になりますね!!

 

今回は以上です。